Tuesday, 21 December 2010

Flight status CANCELLED

明日乗るはずだったフライトがキャンセルに! もう3日間も雪も降っていないし、今日の同じ便は運行したので、明日も間違いなく飛べると思っていた。仕事納めもしてきたのだ。

留守にすると思って、家にあった食べ物もお酒も全て飲み干し、冷蔵庫も空っぽ。明日からどうすればいいの? 母が特注してくれたローストビーフも食べれないし、あ〜、どよ〜ん。。。

お友達との約束もマンションの内見も全てキャンセル。

当然クリスマスはどこからもお呼ばれされていないし、家にはクリスマスツリーもないし、寂しいわ。

追記:
今、実家に電話したら、「ローストビーフはナナ(犬)ちゃんと食べるよ」って。わ〜ん。

Sunday, 19 December 2010

空港閉鎖

火山灰に続き、今度は大雪のため欧州の各地で空港を閉鎖している。しかもこの時期はクリスマス休暇で実家やホリディとかに旅立つ人が一番多い。昨日、今日とフライトがキャンセルとなったため、立ち往生してしまった人々をもうすでに満席になっているだろうと思われるフライトにどうにか詰めていくに違いない。我々の水曜日のフライトもメチャ混みだろう。っていうか飛んでくれればいいわ。

Saturday, 18 December 2010

Winter Wonderland

 今日はピラティスの帰りにハイドパークの Winter Wonderlandに行ってきました。大雪だったんだけど、ホワイトクリスマスの気分も味わっちゃえってノリで。しもやけができたかと思うほど寒かったです。帰宅後はすぐにお風呂に入り、解凍しました。


Winter Wonderlandはクリスマスマーケットみたいなものかな。きっと大昔はデパートとかなくて、クリスマスにはこうしたマーケットが各地で開かれて、手作りのアクセサリー、キャンドル、おもちゃなどをプレゼントとして買ってたんだろうね。今やグローバルの時代、こうした手作りのものはかえって値がはったり、喜ばれなかったりして、買い物をしている人はあまりいなかったよ。


クリスマスマーケットの発祥地はドイツなのかな? グルーワインやドイツのソーセージがいっぱい売っていた。我々はもちろん寒さをしのぐためにグルーワイン(スパイスの入ったホットワイン)を飲んだ。でも隣のイギリス人達はこの大雪の中でもビールよ! しかも外で立ち飲みだからビールも超冷えているはず。おなかこわすよ〜。


10年くらい前に90歳くらいのアメリカ人のおばあさんが、「私が少女の頃に大切にしていた人形があったんだけど、クリスマスの前になるといなくなっちゃうの。でもクリスマスの日にサンタさんが、そのお人形さんに新しいお洋服を着せてやってきてね。。。大きくなってから、自分のうちは貧しかったけどお母さんがせめてものという想いでやってくれたって気がついた。」と教えてくれた。今やDSだのなんだのって言っている子供達には考えられないことだろうけど、なんか貧しかった時代の方が人も物も大切にしていたのかな。

追記:
この日のドカ雪が4日後の私のフライトに影響するなんて、この時点では考えてもいませんでした。

Wednesday, 15 December 2010

近況

昨日はジムに行く予定だったFさんをMちゃんが酒場に誘い、そこに呼ばれた私。外で飲むのが久しぶりだったから白ワインを軽く2本3人で開けた後に、ジムに行ったはずのFさんのために夕食の準備をしていた彼Aに電話し、「あ、今から3人で帰るから夕食の支度よろしく〜」っと。日本人の彼なら考えられないかも!


彼の作ったチリコンカーンを食べながら今度は赤ワインを2本あけ、今日はさすがに疲れた。チリコンカーンもメチャ辛口で美味しかったけど、お尻もヒリヒリだったよ。


でもって、今日はチャリティのためのボーリング大会に参加。昔は悪くても150とかのスコアだったのに、今日は98よ! もう力もないのかな。 このチャリティイベントも首をかしげちゃう。一人50ポンドはかかってるだろうし、200人は参加している。そのまま募金した方が良いのでは?って思っちゃった。ま、二日酔いだったからあまり飲んでも悪いと思い3パイントで帰ってきた。


実は今日は永久帰国する前の目標を一つ達成できたので、お祝いの日だった。勿論、最初の一報は父に電話で伝えた。「そんなのは当たり前だ」と言いながら、涙がこみあげたのか声が裏返っていたよ。遠回りだったけど一応ゴールできたので良かった。


思いがけない友人からのアドバイスのもとに良い物件を見つけたので、不動産会社にも連絡したみた。一コマずつ確実に前に進んでいます。

Wednesday, 1 December 2010

NY!

9月に日本から戻って来てから3組のゲストが立て続けに来て、最後の方はフラフラになってしまったけど、性懲りもなく先週の金曜日から5泊(一泊は機上)でNYに行ってきました。25年前に初めて行ったNY、今回で何回目だか分からないくらい。でも7年ぶりに訪れたNYは色んな意味で新鮮でした。


ミッドタウンにあるホテルに到着して、まずはiPodでAlicia KeysのEmpire State of Mindを流して気分を盛り上げてみた。



♪ New York
Concrete jungle where dreams are made of
There's nothin' you can't do
Out of New York
These streets will make you feel brand new
Big lights will inspire you
Let's hear it for New York, New York ♪



街を歩いていると「あ〜、Blue Noteも来たわ!」とか国旗が揺れている国連を懐かしく思ったり、Canal Streetも「こんな(汚い)所に何を求めて来たのかな」って25年前の自分を振り返ってみてしまったわ。 ベーグルだって珍しくないし、屋台のホットドックなんて食中毒が怖くて食べれやしない。今じゃ、感動ってあまりなくって、昔なら絶対に立ち寄った街角にあるクリスマスマーケットも素通り。美味しいカクテル飲んで夜景を眺めたり、NYに引っ越しちゃったお友達との再会が何よりも楽しかった。MOMAのデザインショップだってMade in Japanのものばかりで、NYで買う必要ないし、先日のCambridgeと違いカメラを向けたい建造物もなかった。グローバルな世の中になっちゃったから、売ってるものも一緒だしね。ただ、食事はロンドンよりもはるかに美味しかったわ。特に牛肉は絶品だった!


それに微妙な5時間の時差が老体にはきつかったのだ。ランチ時(ロンドンのディナータイム)にお酒が飲みたくなって、バケツのようなグラスに入ったカクテルを飲み干しお昼寝しちゃったり、一番楽しいはずの夕食時間がいつものベットタイム。お酒なんて飲んだら、もうおネムなのだ。久しぶりにあった呑み友とも一升瓶を開けることもなく、10時半にはホテルに戻って来てしまったほど。リベンジは東京でね!


共通の友人がいて話には聞いていたけど、まだお会いしたことのなかったAさんとも今回は会って来た。3人とも海外生活が約20年なので話が盛り上がった。「NY(Canal Street 付近)にいるとみんな泥棒に見える!」という私の発言に英国組のMちゃんはビックリしていたけど、在米Aさんは納得していた。一昔前の「モー娘」をなんと読むかという質問や、(我々にとっては)最近の日本の話題などできゃっきゃっと笑いながら飲茶を食べて来た。


最後の日は本社に顔を出しに行ってきた。いつも電話でしか話していない同僚とエレベータホールでバッタリ出くわした。会ったことはないが、ビデオ会議のおかげでお互いが認識できちゃったのだ。"OMG! You are in 3D!" と同僚。私より20歳下で20cm+身長の高い同僚にハグされるなか「あ〜、白髪染めて来るんだった」と内心思う私。自由の女神が見えるオフィスでこいつらは優雅に働いているのかと思うと、ちょっとむかついた。(笑)


夜6時の飛行機が少し遅れたため、ロンドンには朝7:30に到着。雪が積もっている中、Mちゃんは荷物を置いてそのまま仕事に行ったが、私は一時間ほど朝寝をしてから自宅勤務にさせてもらった。やっぱり2歳の年の差は大きいのかしらん。今週末はゆっくりしようっと。

Wednesday, 3 November 2010

Bridges in Cambridge

東京から友人が来ていたので Hampton Court PalaceやCambridgeに行ってきました。最初は8月下旬に来る予定だったのだけど、都合がつかずに10月下旬になってしまい、Cold & Wet な天候を心配していました。でも実はこの時期って紅葉が綺麗なのね。情緒深い景色が楽しめて良かった。


Cambridge まではKings CrossよりBritish Railで一時間弱。街をぐるりと回る観光バスに乗って、まずは街全体の様子を探ってみた。それから自分たちの興味のあるところで降りて、カメラを持って歩いたよ。もう、街全体が昔の建造物の宝庫なのです。400年前の建物なんてザラって感じ。これはアメリカや敗戦した地震国家日本ではあり得ないでしょ。


左の写真はMathematical Bridge。伝説のひとつとして、これと同じような橋がニュートンによってデザインされ、釘を一つも使わずに建てたという。学生達がそれを解明するために橋を取り外して研究したけど、結局同じように作れずに釘を使って戻したとかのMYTHがある。


右の橋はヴェネツィアの宮殿と牢獄を結ぶ「ためいき橋」を模して造られた Bridge of Sighs。試験近くになって学生達がこの橋を渡る気持ちが、絶望の囚人たちのため息に似ているのか。さすがノーベル受賞者を数多く生み出した大学だけある。


女性も19世紀あたりから、大学に入ることが許されたが、1950年近くまで卒業しても学位ではなく、ただの Certificateしかもらえなかったらしい。今もまだまだ男社会なのは仕方ないのかもね。



Sunday, 24 October 2010

永久帰国まであと14週末?

去年、永久帰国の予定を友人に話した時は皆パニクって、「え、いつ行っちゃうの?」などと聞いてくれたけど、今年は「また言ってるよ」とか「半分しか聞かない」とか信用されていないみたい。自分でも半信半疑のところがいまだにあるのだけど、会社が動きだしたからもう後戻りはできない。2月1日より東京支社ってことになると、ここでの週末ってあと14回しかないじゃない。そのうちクリスマス休暇とかがあるから、本当にあっと言う間に帰国になっちゃう。20年間の海外生活にもとうとう終止符を打つことになるのだ。


うんぎゃ〜、大丈夫だろうか。年老いた親の年金をあてにして、ミイラになってまでもスネをかじり続けるような人がいるような貧しい国に成り下がってしまった日本。毎日3つ嫌な目にあっても、一つくらいは「やっぱり日本はいいな」って思えることがあって欲しい。


基本的には、何処にいてもハッピーで心労の少ない生活を築き上げて行くスキルを持っていたい。何かと昔話をして、その頃に流行った曲ばかりをいつまでも聴いている人は、自然と周りの変化を受け止めることができなくなり、自分のタイムカプセルの中でしか生きて行けなくなるのではないだろうか。やっぱり Lady Gaga や Saturdays とかもたまには聴いてみて、街角のお店でかかる曲を若者と一緒にくちずさんだりするくらいじゃないと「今」を生きていけないのじゃないかな。


今から待っている数多くのハードルをどうにか越えて、つまづいても支え励ましてくれる友人や相棒そして家族(そうよ、これを読んでいるそこのあなた!)を大切にしていかないと。見守っていてくださいね。



Wednesday, 20 October 2010

咳と薬

今年の3月くらいから万年咳が出て、ひどい時は嗚咽になるので会社ではトイレに駆け込むことが多かった。最初はまた気管支炎かと思って放っておいたけど、熱も出ずに咳だけが治らない。5月に初めて病院に行き症状を話してたら、Nasonexという鼻スプレーをくれた。それからも数週間おきにドクター(これがイケメンなんだ)に会いに行き、レントゲンやアレルギーテスト、血液検査をしてもらっても異常なし。相変わらず、咳は止まらない。


9月にはステロイド入りのインヘイラー(右の写真)をもらった。鼻にはしゅっしゅっ、喘息の人みたいにインヘイラーまで吸っても前よりは良くなったかもしれないけれど、咳はまだ出る。バスの中や、会議中に必ずと言っていいほど!


前回日本に帰国した時は両親も心配しちゃって、母はツムラの漢方薬の何番がいいとかまで調べてくれた。会社の同僚も「いいかげん、他の医者に診てもらったら?」としびれを切らし始めた。


なので、今日はCTスキャンを撮った後に耳鼻咽喉専門医に会って来た。スキャンを見ると、また問題なし。私のDNAって結構立派みたいで、健康そのもの。親に感謝しなくてはいけないとよく言われる。


鼻から内視鏡をいれて、見てもらったらどうやら胃液が逆流して喉までやってきて、咳が出るのではないかという。たぶん胃食道逆流症(逆流性食道炎)とかっていうのだと思う。日本にいる時にタイムリーにも万年咳の特集をやっていて、胃食道逆流症あるいは逆流性食道炎とやらもその一つにあがっていた。


医者が「あなたはどこにお勤めですか?」と聞いて来たので答えたら、なるほどって深くうなずかれたので「何が原因ですか?」と聞き返した。


「ストレスですよ」


確かに3月あたりから会社でのストレスは高まり、今もまだ少しひきづっている。ストレスで胃酸過多になり、胃潰瘍になる人もいればこのような症状になることもあるというのだ。親に健康に産んでもらってもストレスによって体が蝕まれるのね。てっきり酒のせいかと思ったよ。


ってことで3番目の薬、ランソプラゾールという胃酸の産生を抑制する薬を明朝から飲むことになった。これで咳ともおさらばできるのだろうか? 日本に帰国するまでには絶対治したい。


5時頃に病院を出ることができたので会社に戻れたのだが、「ストレス解消」のために映画を観に行くことにした。Mちゃんのケータイの会社は水曜日になると映画が半額になるという特典があるのだ。6時前に映画館に入り、Wall Streetを二人で10ポンド以下で観てきた。この特典、やみつきになりそうだわ。




追記:
3日目だけど、だいぶ咳がなくなって楽になりました♪

Saturday, 16 October 2010

窓税

この一見汚く見えるビルだが、ロンドンの一等地にある。きっと家主は大金持ちでこんなビルを持っていることも忘れているのかもしれない。


注意してもらいたいのは右側の窓がブリックでふさがれていること。これは窓税といって1696年に窓に税金がかけられたからだとロンドン在住20年のMちゃんが教えてくれた。窓税は、換気のために開けられた穴まで一つの窓として数えられたらしく、貧乏人は暗い家の中に暮らさざるを得なかったという。この他に色々な税金があったらしいが、なかでも驚いたのが石鹸税。貧乏人は入浴の際にも衣服を洗うのにも石鹸を使えなかったそうだ。この二つの税金は1800年半ばになってようやく廃止されたらしけど、不衛生できっと病気も流行ったことと思う。その頃に生きていなくて良かったわ。

Sunday, 10 October 2010

サンフランシスコからの友人

今週は水曜日よりサンフランシスコ時代のドイツ人の友達がロンドンに遊びにきた。いつもこの二人の年齢が不詳だったのだけど、ヒッXラーユーゲントだったとか、最後にロンドンに来たのは1957年で19歳だったとかの話の端々より推定年齢72歳。数年ぶりで会ったら、随分とシワが深くなっていたよ。


一人はアマチュアだけどフォトグラファーなので、一緒にシャッターを切って楽しんだ。でも、カメラも技術もかけ離れているので、全然違った写真だったけどね。


この写真は私と母が大好きなチョコレート屋Charbonnel et Walkerが入っている、The Royal Arcade。私がチョコを買い終わってみるとこんな構図を写していたので、私も真似っこ。ちょっといいでしょ?


いつも目的地AからBへと早歩きで行ってしまう私はこんなアーケードも目に入っていなかったってわけよ。右のパブ(リバティの裏)だって、二階の窓からシェークスピアが顔を出しているなんて気がつかなかったし。カメラマンの目を少し学ばせてもらえました。


最後の日はどうしても私の住んでいる貧民窟が見たいということで我家へ。リビングルームにあるゴールデンブリッジの写真を見て、「あれ、これ私があげたやつ?」と素早く見つけた。前日に行ったロンドンアイの写真を今度はくれるって言ってくれた。


私が買った物件を全て見てきた二人(しかも不動産投資家)だったから、今回はちょっとガッカリしたかもしれないけど、ここはロンドン。アメリカのようにワーキングクラスが一軒家など持っていないのよ。


かれこれ10年くらいの付き合いでいつも優しくて頼れる友達だったので、最後のディナーの時はちょっと涙が出ちゃった。次回は日本かサンフランシスコで会おうと言って別れました。長生きしてね。