Sunday 24 October 2010

永久帰国まであと14週末?

去年、永久帰国の予定を友人に話した時は皆パニクって、「え、いつ行っちゃうの?」などと聞いてくれたけど、今年は「また言ってるよ」とか「半分しか聞かない」とか信用されていないみたい。自分でも半信半疑のところがいまだにあるのだけど、会社が動きだしたからもう後戻りはできない。2月1日より東京支社ってことになると、ここでの週末ってあと14回しかないじゃない。そのうちクリスマス休暇とかがあるから、本当にあっと言う間に帰国になっちゃう。20年間の海外生活にもとうとう終止符を打つことになるのだ。


うんぎゃ〜、大丈夫だろうか。年老いた親の年金をあてにして、ミイラになってまでもスネをかじり続けるような人がいるような貧しい国に成り下がってしまった日本。毎日3つ嫌な目にあっても、一つくらいは「やっぱり日本はいいな」って思えることがあって欲しい。


基本的には、何処にいてもハッピーで心労の少ない生活を築き上げて行くスキルを持っていたい。何かと昔話をして、その頃に流行った曲ばかりをいつまでも聴いている人は、自然と周りの変化を受け止めることができなくなり、自分のタイムカプセルの中でしか生きて行けなくなるのではないだろうか。やっぱり Lady Gaga や Saturdays とかもたまには聴いてみて、街角のお店でかかる曲を若者と一緒にくちずさんだりするくらいじゃないと「今」を生きていけないのじゃないかな。


今から待っている数多くのハードルをどうにか越えて、つまづいても支え励ましてくれる友人や相棒そして家族(そうよ、これを読んでいるそこのあなた!)を大切にしていかないと。見守っていてくださいね。



Wednesday 20 October 2010

咳と薬

今年の3月くらいから万年咳が出て、ひどい時は嗚咽になるので会社ではトイレに駆け込むことが多かった。最初はまた気管支炎かと思って放っておいたけど、熱も出ずに咳だけが治らない。5月に初めて病院に行き症状を話してたら、Nasonexという鼻スプレーをくれた。それからも数週間おきにドクター(これがイケメンなんだ)に会いに行き、レントゲンやアレルギーテスト、血液検査をしてもらっても異常なし。相変わらず、咳は止まらない。


9月にはステロイド入りのインヘイラー(右の写真)をもらった。鼻にはしゅっしゅっ、喘息の人みたいにインヘイラーまで吸っても前よりは良くなったかもしれないけれど、咳はまだ出る。バスの中や、会議中に必ずと言っていいほど!


前回日本に帰国した時は両親も心配しちゃって、母はツムラの漢方薬の何番がいいとかまで調べてくれた。会社の同僚も「いいかげん、他の医者に診てもらったら?」としびれを切らし始めた。


なので、今日はCTスキャンを撮った後に耳鼻咽喉専門医に会って来た。スキャンを見ると、また問題なし。私のDNAって結構立派みたいで、健康そのもの。親に感謝しなくてはいけないとよく言われる。


鼻から内視鏡をいれて、見てもらったらどうやら胃液が逆流して喉までやってきて、咳が出るのではないかという。たぶん胃食道逆流症(逆流性食道炎)とかっていうのだと思う。日本にいる時にタイムリーにも万年咳の特集をやっていて、胃食道逆流症あるいは逆流性食道炎とやらもその一つにあがっていた。


医者が「あなたはどこにお勤めですか?」と聞いて来たので答えたら、なるほどって深くうなずかれたので「何が原因ですか?」と聞き返した。


「ストレスですよ」


確かに3月あたりから会社でのストレスは高まり、今もまだ少しひきづっている。ストレスで胃酸過多になり、胃潰瘍になる人もいればこのような症状になることもあるというのだ。親に健康に産んでもらってもストレスによって体が蝕まれるのね。てっきり酒のせいかと思ったよ。


ってことで3番目の薬、ランソプラゾールという胃酸の産生を抑制する薬を明朝から飲むことになった。これで咳ともおさらばできるのだろうか? 日本に帰国するまでには絶対治したい。


5時頃に病院を出ることができたので会社に戻れたのだが、「ストレス解消」のために映画を観に行くことにした。Mちゃんのケータイの会社は水曜日になると映画が半額になるという特典があるのだ。6時前に映画館に入り、Wall Streetを二人で10ポンド以下で観てきた。この特典、やみつきになりそうだわ。




追記:
3日目だけど、だいぶ咳がなくなって楽になりました♪

Saturday 16 October 2010

窓税

この一見汚く見えるビルだが、ロンドンの一等地にある。きっと家主は大金持ちでこんなビルを持っていることも忘れているのかもしれない。


注意してもらいたいのは右側の窓がブリックでふさがれていること。これは窓税といって1696年に窓に税金がかけられたからだとロンドン在住20年のMちゃんが教えてくれた。窓税は、換気のために開けられた穴まで一つの窓として数えられたらしく、貧乏人は暗い家の中に暮らさざるを得なかったという。この他に色々な税金があったらしいが、なかでも驚いたのが石鹸税。貧乏人は入浴の際にも衣服を洗うのにも石鹸を使えなかったそうだ。この二つの税金は1800年半ばになってようやく廃止されたらしけど、不衛生できっと病気も流行ったことと思う。その頃に生きていなくて良かったわ。

Sunday 10 October 2010

サンフランシスコからの友人

今週は水曜日よりサンフランシスコ時代のドイツ人の友達がロンドンに遊びにきた。いつもこの二人の年齢が不詳だったのだけど、ヒッXラーユーゲントだったとか、最後にロンドンに来たのは1957年で19歳だったとかの話の端々より推定年齢72歳。数年ぶりで会ったら、随分とシワが深くなっていたよ。


一人はアマチュアだけどフォトグラファーなので、一緒にシャッターを切って楽しんだ。でも、カメラも技術もかけ離れているので、全然違った写真だったけどね。


この写真は私と母が大好きなチョコレート屋Charbonnel et Walkerが入っている、The Royal Arcade。私がチョコを買い終わってみるとこんな構図を写していたので、私も真似っこ。ちょっといいでしょ?


いつも目的地AからBへと早歩きで行ってしまう私はこんなアーケードも目に入っていなかったってわけよ。右のパブ(リバティの裏)だって、二階の窓からシェークスピアが顔を出しているなんて気がつかなかったし。カメラマンの目を少し学ばせてもらえました。


最後の日はどうしても私の住んでいる貧民窟が見たいということで我家へ。リビングルームにあるゴールデンブリッジの写真を見て、「あれ、これ私があげたやつ?」と素早く見つけた。前日に行ったロンドンアイの写真を今度はくれるって言ってくれた。


私が買った物件を全て見てきた二人(しかも不動産投資家)だったから、今回はちょっとガッカリしたかもしれないけど、ここはロンドン。アメリカのようにワーキングクラスが一軒家など持っていないのよ。


かれこれ10年くらいの付き合いでいつも優しくて頼れる友達だったので、最後のディナーの時はちょっと涙が出ちゃった。次回は日本かサンフランシスコで会おうと言って別れました。長生きしてね。